中田英寿

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    アジア人で最も成功したのは…。
     
    16-17シーズンが終わり、欧州の移籍市場が活況を呈するなか、アジア人選手の価値は日々上がっている。
    Jリーグからもすでに鎌田大地(サガン鳥栖→フランクフルト)と堂安律(ガンバ大阪→フローニンヘン)が、それぞれヨーロッパへと旅立った。
     
    そんななかで、アジア・サッカー連盟(AFC)が公式サイトで、「アジアのサッカー史に残る5大移籍」という特集を組んでいる。
    欧州の舞台に挑戦したパイオニアたちの名前が列挙されるなかで、日本人として唯一紹介されたのは、1998年に平塚ベルマーレからイタリアのペルージャへと渡った中田英寿だ。
     
    果敢なドリブル突破と鋭いスルーパス、さらには強烈な個性を持ち合わせていた中田は、フランス・ワールドカップ後の1998年夏に21歳でペルージャへ。
    そんな中田の挑戦についてAFCは、「日本サッカー界の先駆者。岡崎慎司、香川真司、本田圭佑などサムライブルーの戦士たちがヨーロッパで活躍するための道を開いた」と称賛している。
     
    さらに中田が2000年にローマへ移籍した後の動向についてもまとめており、
    「彼はジャッロロッソ(ローマの愛称)で2001年にクラブ史上3度目のセリエA優勝の手助けをした」と、アジア人で唯一のスクデット獲得という功績を称えた。
     
    また、同特集では中田以外にも元イラン代表のアリ・ダエイ、元韓国代表のパク・チソン、元中国代表のスン・ジーハイ、
    そして現役選手で唯一、イラク代表でウディネーゼに所属するアリ・アドナンが「イラク人で最初のセリエA戦士」として紹介された。
     
    なかでも、京都サンガから欧州に羽ばたいたパク・チソンについてAFCは、そのアジア・サッカーにおける貢献度の高さを絶賛している。
     
    パク・チソンは2002年に京都からオランダのPSVに移籍。韓国代表でも師事したフース・ヒディング監督の下で主力として活躍する。
    そして、当時のアレックス・ファーガソン監督から誘いを受けて2005年にマンチェスター・Uに渡ると、7シーズンでプレミアリーグ制覇やクラブ・ワールドカップ優勝など13個のタイトル獲得に貢献した。
     
    そんな元韓国代表についてAFCは以下のように綴っている。
     
    「ファーガソンは重要な試合において努力を怠らない韓国人をメンバーに選んでいた。それだけにチェルシーと対戦した2008年のチャンピオンズ・リーグ決勝でベンチ外となったのは、彼のキャリアにおいて最悪の出来事だった。
     とはいえ、プレミアリーグ優勝4回など13個の主要タイトル獲得に貢献したことを考えれば、欧州に移籍したアジア人において最も成功したのは、やはりパク・チソンである」
     
    今やあらゆるツールを通してヨーロッパの主要クラブが各国でスカウトを行なう時代となった。そうした事実を踏まえれば、アジアから欧州に羽ばたく選手はこれまで以上に増える可能性は高い。
    そのなかで、日本人選手は中田やパク・チソン以上の活躍を見せられるか。期待したい。

    サッカーダイジェスト2017年06月27日
    http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=27235

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    FIVE OF THE BIGGEST ASIAN TRANSFERS
    http://www.the-afc.com/afc-champions-league-2017/five-of-the-biggest-asian-transfers

    【サッカー】<中田英寿>ローマ高額移籍トップ10入り!「最も重いゴールで優勝に貢献、ファンのアイドルに」
    http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1498484504/

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    「トッティと同じ役割のため当初は疑問視も」と回顧。
     
    ローマは6月22日、エジプト代表FWのモハメド・サラーをリバプールに売却した。
    移籍金は4200万ユーロ(約50億4000万円)で最大800万ユーロ(約9億6000万円)のボーナスがつく。合計5000万ユーロ(約60億円)はクラブレコードとなる売却額だ。
     
    2016-17シーズンは公式戦通算で19得点・15アシストを記録したサラーだけに、売却に不満を抱くサポーターも少なくない。
    だが、FFPを守るためにローマは早期の主力放出を義務付けられており、これだけの金額での売却に一定数のファンが納得しているのも確かだ。彼らが願うのは、その利益がさらなる補強に回ることだろう。
     
    では、ローマがこれまでに大金を投じて獲得したのはどんな選手たちだったのだろうか。
    ローマ専門サイトの『forzaroma』が現地時間6月25日、1990年以降の歴代トップ10を発表した。あくまでも同メディアによるランキングだ。
     
    堂々の1位は、元アルゼンチン代表FWのガブリエル・バティストゥータ。10年を過ごしたフィオレンティーナを離れ、永遠の都に拠点を移した稀代のストライカーは、
    入団1年目の2000-01シーズンにセリエAで20得点をマークし、ローマにとって通算3回目となるスクデット獲得に貢献した。
     
    その2000-01シーズンのローマのスクデットといえば、元日本代表MFの中田英寿を忘れることはできない。

    2000年1月にペルージャから加入した中田は、フランチェスコ・トッティとのポジション争いに苦しみながらも、敵地でのユベントス戦で途中出場から1得点を含む2ゴールを演出。
    天王山でチームを2-2のドローに導き、優勝の立役者として高く評価された。同サイトは、「歴代移籍金ランキング」で5位にランクインした中田を次のように評している。
     
    「ローマのユニホームに袖を通した初の日本人選手は、3回目のスクデット獲得の1年半前に、2000年1月にフランコ・センシ(当時の会長)によって獲得された。
    中田の獲得に好意的ではない見解もあった。才能あるトップ下、つまりトッティと同じ役割だったからだ。少しの疑問があった。だが、それ以上ではなかった」

    以降につづく

    サッカーダイジェスト 6/26(月) 16:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170626-00027212-sdigestw-socc

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    その人気ぶりにも言及

    彼のようなカリスマは再び日本代表に現れるだろうか。
    2006年のドイツW杯後に突如として現役引退を電撃発表した元日本代表の中田英寿氏を英紙が取り上げている。

    山梨県甲府市で生まれたこの男は早々とイタリアへ上陸すると、世界に羽ばたき、日本のサッカー界を牽引した。
    ローマでは英雄フランチェスコ・トッティと一つのポジションを争い、パルマではアドリアン・ムトゥやドミニコ・モルフェオ、
    そしてアドリアーノといった当時の花形アタッカーたちと競演。誰もが永遠の輝きを期待していたが、
    29歳で彼のフットボールにおけるストーリーは終わった。

    英紙『Guardian』がそんな日本のカリスマを“20代で引退を決断したフットボーラー”の1人として選出し、次のように中田氏のキャリアを振り返っている。

    「全ての人間が中田を小さな宝石と呼んでいた。パルマが2001年に1800万ポンドで獲得を正式発表した際には、彼のサイトにおよそ400万人が殺到することに」

    「3度にわたってバロンドールの候補となった彼はドイツW杯終了と共に29歳での引退を発表。大きな喪失感に包まれ、世界中が驚愕した。現在の彼は酒の会社を営んでいる」

    記事では、惜しまれつつ20代で引退した選手として中田氏以外にも元ブラジル代表のマリオ・デ・カストロや元ノルウェー代表のエスペン・バードセン、
    そして元アーセナルのデイビッド・ベントリーといった選手が取り上げられている。

    やはり“世界のナカタ”がサッカー界との別れを決断したことは、世界にとっても衝撃的な出来事だったのかもしれない。

    theWORLD(ザ・ワールド) 9月25日(日)19時40分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160925-00010011-theworld-socc

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    20160816-00010029-theworld-000-2-view

    日本中を沸かせてきたスーパーゴールの数々

    もしもヨーロッパサッカー界におけるサムライたちの価値が年々上昇しているのだとすれば、それは勇敢な先人たちがパイオニアとして欧州上陸を果たし、目を見張るほどの活躍を見せてきたからに他ならない。

    元日本代表の中田英寿や高原直泰、中村俊輔、そして現在のエースを担う本田圭佑らは、国内においていわゆる“海外組”とカテゴライズされ、他とは一線を画する特大のプレッシャーを背負ってきた。1日たりとも油断の許されない厳しいポジション争いに加え、世界的な名将から求められるハイレベルなクオリティ。それら多くのハードルを乗り越えたうえで、翌日のスポーツ紙を“ジャック”した選手たちがいる。ヨーロッパが日本にひれ伏し、そのポテンシャルを認めざるを得ないほどに熱狂した伝説的スーパーゴールの数々は、今後も末代までの語り草となるだろう。

    1:高原直泰
    (2002-03/ブンデスリーガ第20節バイエルン・ミュンヘンvsハンブルガー)

    彼のドイツにおける記念すべき初ゴールは、英雄オリヴァー・カーンの“愉快な802分”に終止符を打つものとなった。1点ビハインドで迎えた後半ロスタイム、元ジュビロ磐田のゴールスコアラーはマバダビキアから上げられたクロスに反応。見事に頭で合わせ、泣く子も黙るドイツ最強GKの連続無失点記録は途絶えることに。もちろん多くのドイツメディアは高原による値千金のゴールを称賛し、「寿司ボンバー」との異名を与えるまでにそう時間はかからなかった。

    2:中村俊輔
    (2006-07/UCLグループステージ第5節セルティックvsマンチェスター・ユナイテッド)

    それは81分のことだった。フリーキックをこよなく愛する日本のレフティーが、中央やや右寄りの位置から放ったしなやかな一撃は、完璧なパワーとコントロールのバランスが施され、GKファン・デル・サールに“空気”を掴ませることに成功。セルティックを史上初のUCL決勝トーナメントへと導いたこのスーパーゴールには、表現し得る限りの称賛が浴びせられ、中村は自身のFK技術がとうに世界レベルへと到達していることを証明して見せた。

    3:中田英寿
    (2000-01/セリエA第29節ローマvsユヴェントス)

    当時、全ての視線がローマへ通じていた。日本代表のカリスマにとって不運だったのは、コロセウムの主人公であるフランチェスコ・トッティと同じポジションを争っていたことだ。名門ユヴェントスとの天王山でベンチスタートとなった中田は、65分にそのトッティと代わってピッチへ投入される。すると軍曹ファビオ・カペッロによる唯一の寵愛を受けた日本人が、目の覚めるようなミドルシュートから鮮烈ゴールを奪取。スクデット争いに多大な影響をもたらしたこのゴールは、90年代のフットボールシーンを席巻していたカルチョにおいて、日本人に何ができるかを示し、また“世界のナカタ”としてのセルフブランディングにも一役買うこととなった。ASローマがセリエAにおいてトップの座を楽しんだのは、このシーズンが最後だ。

    4:岡崎慎司
    (2015-16/プレミアリーグ第30節レスターvsニューカッスル)

    このゴールが、クラブ創設132年目にして初となるプレミアリーグ制覇に決定的な効用をもたらしたと言うつもりはない。しかし、天と地を反転させたアクロバティックなバイシクルによる決勝弾は、献身的な日本人ストライカーに多大な喝采をもたらした。もちろんその素晴らしさを誰よりも痛感しているのは、新天地での初陣に泥を塗られたニューカッスルのラファエル・ベニテスだろう。今季はアーメド・ムサとの激しいポジション争いが繰り広げられる見通しの岡崎だが、今後も多くの“シンジられない”ゴールで世界中を熱狂させてほしいものだ。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160816-00010029-theworld-socc

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    日本酒コンペのプレゼンターを務めた(左から中田英寿氏(一人おいて)高梨臨(一人おいて)又吉直樹


    世界一おいしい日本酒を決めるコンペ「SAKE COMPETITION 2016」の表彰式が29日、都内で行われた。

     ゲストプレゼンターとして、元サッカー日本代表の中田英寿氏(39)、
    お笑いタレントで作家の又吉直樹(36)、女優の高梨臨(27)、モデルの梨衣名(26)らが出席。

     中でも、この5年で全国250以上の酒蔵を巡り、5月には「日本酒セラー」の開発にも携わった
    大の日本酒党の中田氏は、今年から新設されたSuper Premium部門のプレゼンターとして
    “大トリ”で登場。「ここ数年で日本酒はブームになって、クオリティーも上がっています。
    ブームで終わらせないよう、文化として世界中に日本酒を広げたい」と気合の一言。

     2006年7月の現役引退から10年、様々な文化活動の顔としての動きが目立つが「ぼくがやっていることは、
    日本酒など日本の生活に寄り添っているものを文化として世界の多くの人に伝えていくことです」と笑顔で言う。

     イベント終了後の取材では1位に輝いた日本酒銘柄「来福」にちなんで「中田さんにはいつ『来福』
    (結婚などのおめでた)が?」という質問が飛んだが、じっと、レポーターの顔を見つめると、
    「意味がわからないんですけど」と“中田節”。

    リオ五輪に挑むサッカー五輪代表への思いも聞かれたが、「現役時代から試合見ないんで。
    選手の名前もわからないです」と、そっけなかった。

    スポーツ報知 7月29日(金)15時55分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160729-00000084-sph-ent

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    20160727-00000511-san-000-3-view

    【話の肖像画】サッカー指導者・ジーコさん

     〈1989年にフラメンゴを引退。だが91年に現役復帰し、当時日本リーグ2部だった住友金属に入団した。
    その後、Jリーグが発足し、鹿島アントラーズでプレー、日本サッカー界に貢献した〉

     私が日本でプレーし始めた当時、日本のサッカー界はあらゆる意味でプロフェッショナルではなかった。
    一部の選手は会社員だったしね。Jリーグが創設され、選手たちは真剣にサッカーのことを考え始めたんだよ。

     サッカーで最も大事なことは、自分で考えてプレーすること。創造性が最も必要なんだ。
    だけど日本の選手たちは、ミスをすることを極端に恐れていたね。それは日本の文化であり、
    学校教育の問題なのかもしれないと考えている。ミスをしたら、監督は別の選手を使おうとする。
    監督がミスをした選手を殴ることがあるということも聞いたよ。でもそれでは選手は萎縮してしまい、
    思い切ったプレーができない。ドリブルをしてミスをしたら、ボールを奪いにいけばいいんだ。
    試合にはミスがつきものさ。自分で試さなかったら何も生まれない。この世に完璧な人間はいないんだよ。

     日本の選手からよく、試合でどうしたら良いかを聞かれた。日本人は他の人から教えられるのが好きだね。
    結局は全てのことを自分で考えて行動するしかないんだ。判断力が最も大事なんだよ。もしミスしてしまったら、
    今度はミスしないように練習を重ねるしかない。その繰り返しでうまくなるんだよ。

     〈2002年には日本代表監督に就任。06年ドイツW杯でブラジル代表と対戦した〉
     私はプロとしてあの場所にいたわけだから、日本のために仕事をすることしか考えていなかった。
    選手たちにはこう言っていたんだ。「私はブラジル人だから、ブラジルの国歌が流れたときはブラジルのことを考え、
    国歌を歌う。だけどブラジル人であることはそれまで。そのときが終わったら、日本のために全力をささげる」とね。
    でもこういうことは私だけが特別な体験ではないんだよ。ポルトガル代表を率いたルイスフェリペ・スコラリも
    ブラジルと戦ったし、ブラジルでは珍しいことではないんだよ。

     〈ドイツW杯ではチームの主力だった中田英寿選手が大会後に引退した〉
     彼は本当にすばらしい選手だった。日本サッカーの歴史上、ベストプレーヤーだと思っている。
    持ち前のテクニックだけでなく理解力にも優れていて、どんな練習でもその目的を悟るのが早かった。
    欧州の名門チームでプレーしていたから、アドバンテージがあったんだね。適応力もあったし、
    他の選手たちとは違っていた。完璧な選手だったと思う。日本代表にとっては最も重要な選手だった。

     〈日本を去ってから10年がたった〉
     最近は日本の試合を詳しく見ていないけれど、日本人にとって問題なのは、相手チームが1点をとったら
    全てが崩れてしまうこと。自信をなくしてしまうのかな。この点は鍛える必要があるね。強化するためには
    心理学者をチームに入れることだね。選手たちと一緒に生活をして、その都度、カウンセリングをして
    選手一人一人に自信と安心感を与える。チームを一つにするために心理学者の力は重要だね。そして、
    チームスタッフはがんばっている選手を信頼しなくてはいけない。絆と一体感がチームを強くする。(聞き手 佐々木正明)

    産経新聞 7月27日(水)17時5分配信
    中田英寿は最高の選手だった ジーコが考えるサッカーで最も大事なことは…
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160727-00000511-san-socc

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